※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方と定義されている。働き方の多様化や、SDGs、DX化などに対応すべく、多様な価値観や特徴を持つ人材が活躍できる経営の指針として注目されている。本特集では、2020年9月に経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート」の取りまとめ役となった伊藤邦雄氏が編者となり、日本の人材マネジメント研究の第一人者に論文を寄せてもらう。主な執筆者:伊藤邦雄/野間幹晴/小野浩(一橋大学)、島貫智行(中央大学)、児玉直美(明治学院大学)、服部泰宏(神戸大学)、。経営者インタビューは、青井浩(丸井グループ代表取締役社長CEO)、恵志章夫(ヒューマンテクノロジーズ代表取締役会長)、ビジネスケースは、リクルート、Akatsuki Ventures。
「日本企業の人的資本経営」についての特集。テーマに関連する論文は、下記の通り。 1)人的資本経営のパラダイム転換(伊藤邦雄) 2)なぜ人的資本の投資が必要なのか?(小野浩) 3)「人的資本経営」と人的資源管理(島貫智行) 4)職場におけるジェンダーギャップとマネジメントプラクティス(児玉直美) 5)米国企業との比較に見る日本企業の採用課題(服部泰宏) 日本で「人的資本経営」が注目されるようになったのは、2020年9月に「人材版伊藤レポート」が発表された以降のことである。本レポートは、経済産業省が実施した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書として公開されたものであるが、そこでは、グローバル化・デジタル化・少子高齢化・コロナ禍などの環境変化に対して、経営戦略と人材戦略の課題が直結する時代であることが述べられ、人的資本をベースとした経営を進めるべきであると語られている。 2021年には、東京証券取引所のコーポレートガバナンスの改訂により、①取締役会の機能発揮②企業の中核人材の多様性の確保に関する情報開示が義務化されると同時に、更なる情報開示に向けて、内閣官房内で「非財務情報可視化研究会」が発足した。これを受け、2023年に入ると、有価証券報告書を発行する大手企業に対して、2023年3月以降の直近の決算期以降の有価証券報告書に人的資本の情報開示が義務付けられた。 これには、①企業の市場価値の中で無形資産が重要視され、その無形資産を生み出すものとして「人的資本」に注目が集まった②欧米で開示義務化の流れが進んだ③ESG投資への関心の高まり(ヒトはSの中に位置づけられる)④ISO30414(人的資本開示における国際的ガイドライン)の公開、といったことが背景にあると言われている。 一方で、「人的資本」自体の学問的考察は歴史が古く、アダム・スミス(1723-1790)が、個人の「獲得した有用な能力」を「収入または利益」の源泉としたことに始まると言われている。 「人的資本」とは、個人が持つ才能、能力、知識、健康といった総合的な生産能力を指す(Becker,1993)。人的資本は投資により蓄積され、その結果、独自の生産性や収益性を高めることが出来る。 こういった考え方をベースにした「人的資本理論」は、シカゴ大学のゲーリー・ベッカー教授によって打ち立てられた労働経済学の理論であり、人間は時間の経過とともに劣化していく機械とは異なり、教育訓練によって時間の経過とともに生産性を向上させることができるものと考える。ベッカー教授は、人的資本の理論と実証で数多くの功績を残し、1992年にノーベル経済学賞を受賞している。 オリジナルの「伊藤レポート」は「持続的成長への競争力とインセンティブ-企業と投資家の望ましい関係構築」に関しての最終報告書として2014年に発表されたものであり、日本企業の企業価値の低さ、その原因となっている収益力の低さについての問題提起を行い、資本コストを上回る収益、具体的にはROE8%以上を目指すべきこと、そして、企業価値の向上のために、企業は投資家との対話を活発化すべきであることを訴えている。 すなわち、シリーズで発表されている「伊藤レポート」は、企業価値の向上、投資家目線での情報開示、企業と投資家の対話を一貫して訴えており、「人材版伊藤レポート」でも、そのスタンスは変わらない。企業の収益力を上げる手段として人的資本を位置づけ、また、それがどのように収益に結びつくのかのストーリーをつくり、そして、それが実際に進捗しているのかを計測し投資家向けに情報開示することを謳っているのである。そこで「人的資本」という言葉を使っているが、ベッカー教授らの「人的資本」に関しての学問的知見は顧みられず、欧米で情報開示が盛んであるから日本でも情報開示すべし、というスタンスを感じる。 私は、この春から大学院の経営学研究科に通っている。ゼミの専門は、人事管理である。修士論文を仕上げて提出するには、まだ1年半程度の余裕があるが、そろそろ修論のテーマを考えて、8月下旬のゼミ合宿で発表することになっている。 自分としては、この「人的資本論」に関することをテーマにしようとして、集中的に文献や論文に目を通しているところである。あと1ヶ月くらい考える時間はあるが、論文のテーマになりそうなことはないかを毎日考えながら過ごしている。 例えば、以下のような感想・感覚がテーマにならないかを考えながら。 ■アカデミアと企業人事 「人材版伊藤レポート」における「人的資本経営」には、学問としての「人的資本論」の知見がほぼ含まれていないが、それは何故だろうか? 私は、2年前まで企業の人事におり、「人材版伊藤レポート」には目を通したことがあるが、それのベースにベッカー教授などの「人的資本論」があることは全く知らなかった。 なぜ、アカデミアの世界と、企業人事等の実務の世界は繋がっていないのだろう? あるいは、なぜ、アカデミアの知見は政策決定に活かされないのだろう? ■個人の「人的資本」が組織の生産性向上に結びつくメカニズム 企業の中では、特にある程度以上の規模の会社では、個人個人の「人的資本」の質が上がっても、組織としての生産性が上がるとは限らないのではないか。 個人個人の「人的資本」の向上は、どのようなメカニズムで組織としての業績・生産性の向上につながるのか? ■「人的資本」「社会的資本」「心理的資本」の関係 ヒトが持っている資本には、「人的資本」の他に「社会的資本」や「心理的資本」があると言われている。これらが相まって、ヒトは付加価値を生み出すことが出来ると言われているが、それらは、どのようなメカニズムで付加価値を生むのか?それらの間の関係はどう考えれば良いのか?
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